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オニオンドゥーム

球根というのは奇妙な存在である。ふつうの種とは違い、既に葉が準備されて層状に重なり合っている。試しに玉ねぎを上下二分割して下半分を水に漬けておくと中心の層から順番にせり出してくることが確認される。
玉ねぎを切るとき、人間は毎回こう思う。「全ての層を使い切ったとき、新たな葉はもう一枚たりとも生やすことができないのだろうか。」と。
次に想像する。生やした葉を食べつくされた植物を。
たとえ葉を生やそうと思ってももう予備の層が尽きている絶望感。
道路を這う芋虫。餌の葉の木はいずこ。嗅覚で餌を探せるのか、あるいはあてずっぽうに探しているのか。体には何の傷もなくとも、一度木から落ちてしまえば餓死を待つのみ。
胴のもげた虫。上半身の機能はまだある。移動もできる。摂食もできる。しかし消化器官を失っているために、その命は体内に残った栄養の分しかない。生命のタイムリミットが具体的な形で現れるのだ。
もし何らかの事故で自分の腸が吹き飛んだら?タイムリミットを生身で実感したとき、どんな感覚を味わうのか。何を考えるのか。

で、発端の玉ねぎについて手っ取り早く検索してみるかぎり球根の層を使い切ったときのことに言及している記述は一切見つからない。答えは恐らく植物学の分厚い本を何百ページと読んでようやく見つかるようなものだろう。

ってことは・・・ふつうは玉ねぎの層を見てもみんなそんなこと考えないということなのであろうか。それはちょっと信じがたいとしか言いようのないのだが、この世界には自分に自由意志があると思い込んでいる輩でいっぱいなのでそういうひとは多分玉ねぎについても考えないのだろう。

さて、なにも腸をぶちまけなくても人間には寿命がある。今生きている人が全員いつか死ぬとは厳密には言えないかもしれないが、人間には寿命がある。数日で死ぬか数十年で死ぬかの違いである。重症を負ってない人も負っている人もただ単にタイムリミットまでの時間が長いか短いかの違いだけで、全く同じくして死に向かっていることは明白であろう。
ところが、両者の気持ちの持ちようはまるで異なる。いや、瀕死になったことがないから実際分からないけど、少なくとも想像してみると違うから多分ちがう。
いずれ死すことには違いないのになぜ主観に差が生じるのか。もっと細かく言うならば、タイムリミットが見えていない状態ではタイムリミットを無限とみなしてしまう。死というものは概念として知ってはいるが、「そのうち」出会うもの、現在生きているこのトキからは意識する必要のないものとして捉えらえる。その状態からタイムリミットを感じさせるようなもの、玉ねぎなどを見ると、当たり前に思える永遠の生との無限の落差を思い浮かべるのである。
球根でない植物も別に永遠に生きることはないのであるから、別にその間に十分供給できる量の葉があるなら有限の蓄えで差支えない。
例えばトイレットペーパーのように目視で枚数を数えられないくらいの厖大な層があれば大して悲観も浮かばないと思うが、玉ねぎのあの頑張れば枚数を数えられそうな絶妙な厚さと数がちょうどよいのである。だがそれでも有限ではどんなに数を増やしたところで無限とは比べものにならない。使ったら使った分だけ減ってゆくというのは総じてモータルなことには変わりない。
それでなんだという話だが、死が見えているのと見えてないのとでは身の回りの見え方までガラリと変わることに繋がってくる。誰しも疲れたときに冗談で「死にたい」と思うことは何度かあるだろうが、そのときにふと本当に死ぬとしてそこまでの過程を想定したとする。この辺は年齢にもよるだろうが、とりあえず学生身分の一応人生上り坂の人間であれば、中途半端に手を付けたものがあまりに多すぎてとても処理しきれないことが分かるだろう。遺書のひとつ書くことを考えても、人生の締めに相応しい文章をひねりだせる自信はあるだろうか?仮にも他者からみてあまりに稚拙な言葉しか出てこないのならそんなんではもはや死ぬに死にきれない。
ならば何歳まで生きたら遺書を書けるのだろうか。上手い遺言を語れるようになるのだろうか。中途半端に手を付けてしまったものは、もしかしたら自殺じゃなくて普通に生きていっても結局処理しきれないのかもしれない。そればかりか、常に死の準備を意識して生きていても難しいのかもしれない。となれば何にも手を出さなければ美しく片付けられるのだろうか。
そもそも、自分で自己嫌悪している部分は他人はそれほどまで残念に思っているわけではないし、こだわりのあるところは他人から見れば多少の上手下手なんて無きに等しいことが大概である。全ては主観だけの問題にすぎない。



そんな感じでここ最近は

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作りかけで半年くらい放置されてたDRSSTCを某授業のネタのために動くようにしたり(人生でハーフブリッジ初体験だったりする)、

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金魚さんの試作品のMIDIインタラプタ―(ピッチベンド対応品)の人柱をやったり(素晴らしい完成度だった)、

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秋月のUAC3552Aの音量を抵抗一本(ステレオで二本)で変えてみたり、

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自励D級アンプを作ってみたり、

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F15っぽい機体を組んでみたり、

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高速機やってみたり、

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この戦車でTier8デビューしたり、

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酷いチーム(名前が)に入ったりしてた。


まあそういうことで今年度一年間の主要な行事が終了したので一応レビューを書くことができるようになったわけだ。
追試はありそうだけどそれは大して記述すべきこともないだろう。
というわけで、渋谷付近の某国立大学に一年間在籍してみたまとめでもしていきましょう。
理科一類の情報であるのでそれ以外の科類の人には参考になる部分はいくらか少なくなるだろう。実際のところ理一が三分の一を占めているので期待値として30%くらいある。意外とたいした数の暴力である。

他の大学の制度を知らないのであるがたぶん大体どこも必修と選択に分かれていると考えてよいだろう。
必修は文字通り必ず受けることになる科目で、選択は必修と時間が重複しなければ好きなように受けることができる科目となる。ただし出席がある授業が語学等のごく一部の授業なので単位とか関係なくただ単に聞いてみたいだけならほとんど制限なく必修でも選択でもなんでも聞ける。
選択科目は最終的に取得単位数が一定数行けばいいので沢山とって沢山落として生き残りで満たせば大丈夫っていえば大丈夫。ただし成績の数字は大変なことになる。
逆に必修は始めから科目が決まっているので一つ落とすごとに確実に色々と危なくなってゆく。一応器用に落とせば半分の単位だけで進級できるので意外とゆるそうなのだが、落とすときは大抵苦手分野をクリティカルにまとめて落とすので他は無傷に関わらずおおよそ一発で危険ゾーンに入ってしまう。ていうか現実にそうなった。
ほんと上手くバランスよく落としてボコボコなのに進級する器用な人もいるっちゃいるけど。まあ下を見てばっかりの話をしてもしょうがないのだが、国内にもっと人気な大学が存在しないために偏差値カンストしたバケモノがゴロゴロ生息しているここの環境においては潔く実力差を認めて自分に適した生き方を見つければ良いのだ。働きアリの中にはサボってる蟻と働いている蟻の2パターンがあり、働いてる個体だけを抜き取るとその中からサボるやつが一定数出てくるという現象を聞いたことあるだろう。まさしくそれだ。

ええ、これがその意識低い単位観っつーやつになるわけで、そんじゃ大まかな科目区分ごとに必修と私自身が選んだ選択科目についてレビューしていくことにしよう。
数が数だけに長いので見たい人だけどうぞ

第二外国語(必修)
合格したら入学手続きの段階で決めることになるアレ。
一年間にわたって週に二コマで続く。来年度からは授業回数が大幅に減るらしい。
入学前に言語を決めるというのが厄介者で、受験前から大学生と交流があったよほど意識の高い輩でなければ情報不足でちょっと後で後悔することになる。
まず第二外国語といえば、自分の興味のある言葉とか、実用性のありそうな言葉を選ぶことになるのが普通の思考だろう。
だが、この場合は興味とか実用とかいったものは一切捨ててかからなければならない
第二外国語とは、自分が最初の二年間ともに過ごすクラスメイトの属性を選ぶための記号にすぎないからだ。
ここで各言語の一般的な性質を独断と偏見で述べてゆくとしよう。

・スペイン語
言わずと知れた我が運命の第二外国語。中国語と並んで二大勢力らしい。
簡単であるともっぱらの噂で、その噂に引かれた頭が簡単な人々が集まると言われている。
言われてみれば確かに色々と理系とは思えない雑さが各所に目立っていたような気がする。
で、実際簡単かと言われると確かにありえないくらいゆとり仕様だった。言語体系そのものが。
動詞が主語を内包することに最初のうちは戸惑うが、それに慣れてしまえば大したことない。
特に発音がまんまアイウエオ、アクセントの位置まで記号で明記してあるというどんなおバカ向けだよと突っ込みたくなるくらいである。呑気なラテン系の人々ご用達というのは伊達ではない。
楽しいことが大好きな人はスペイン語で幸せになれるかも。

・ドイツ語
理系の中でも特にお堅い人々が集まると言われている言語。理由はたぶん想像の通り。
以前は理系の主力だったようだが最近はスペイン語と中国語に押され気味?
聞いた話によると進度が鬼すぎて一学期で文法を全部終わらせたとかなんとか。二学期かけて薄っぺらい教科書を終わらせたスッペン語とは大違いだぜ・・・。
とにもかくにも真面目な人向けである。

・中国語
実用派現実派の「普通」な人々の溜まり場。あまりに普通すぎるものだから若干過度に没個性的までいっているかもしれない。電子工作をする人なんかは大陸から怪しい安い部品を仕入れるために選んでおくとお得なのではないか?
とにもかくにも無難にいきたい人におすすめ。

・フランス語
意味もなく帽子かぶっちゃうような絵に描いたような大学生が多い傾向がある・・・のか?
選択者数が多いのに知り合いに一人もいないことから全体的にオサレ系であることは確実である。
理系と言えどこのグループから最終的に研究者に残る人間は稀であろう。
少なくともこんなブログ読んでる人は間違いなく避けるべきであると断言できる。

・ロシア語
あの超大国アメリカと鎬を削る、資本主義世界の反対側にあった超大国の言語。それだけあって一癖も二癖もある奇人変人の巣窟となる。文字体系を新しく一つ習得するところから始まるので他の主な言語に比べて余計な1ステップ挟まる分難易度は多少上がると思われる。
というか、知り合いがそれなりにいるから割と選択者が居るのかと思ったら実はイタリア語と韓国語と肩を並べるくらい少なかった。

・イタリア語、韓国語
こんなん選んでるのは希望を書くときに見間違えたからだろと思うくらいには選ぶ理由が見当たらない。あまりに人数が少ないために一クラスしか作られないこともしばしば。それを利用して、同じ科類に入った知り合いと一緒に選んでおいて同じクラスに入るという使い方をする人がいるとかいないとか。


英語(必修)
タフでグロテスクな人間になるために避けて通れないものと言えばこれ。
一年を通して続く教養英語(一列)と、前半後半で変わる二列がある。
・英語一列
あの伝説の英語教材、The Universe of Englishの後継の英語教養読本を用いて英語で教養を深めようという目的の授業である。しかし、そのいささか崇高すぎる目標に教師がついていけず、結果的に名文章を使い捨てで消費していくだけの何かへと成り下がっている。
クソな授業オブ駒場堂々の第一位。たぶん。
試験が終わると不満をテキストにぶつける学生がちらほら見受けられるが、英語教養読本は初代にくらべて劣化したとはいえそれ自体は依然として学問としては純粋に面白いと思う。悪いのは調子に乗って変な方針を立てる指導者。

・英語二列(ALESS)
タフグロ養成プログラムその2。全員共通の一列とはことなり、こちらは色々と英語でフリーダムに遊ぶ。
とは言ってもALESSは理系は全員やることになる。文系はALESAなのかな。
ALESSとはアクティブラーニングなんちゃらかんちゃらサイエンスという意味で、要するにタフグロなら将来英語で論文の10本や20本は書くだろうからその練習をしようというもの。
よくある英会話教室みたいなノリで実験とは何ぞやとかグラフとは何ぞやみたいなことをやる傍ら、生徒は自分たちで実験を考えて行わなければならない。そして終盤には結果をプレゼン形式で発表する(もちろん英語)。
目的が崩壊している一列とはまるで異なり、こちらはかなり機能している模様。人気があるかどうかはさておき、受ける価値はかなりあると思う。

・英語二列(それ以外)
一学期分でALESSをやった残りの期間で履修するさらなるタフグロ養成プログラム。内容が4通りくらい選べる。どんな内容かはどんな教師が割り当てられるかによって色々運次第で変化する。
自分のときは映像制作と精読と討論とあと何かもう一つあった。
希望を三つまで出して抽選された結果第三希望の討論になりましたとさ。
イギリス人の教師が毎回イギリスの文化の一テーマについての記事を配り、4人の班でそれについて英語でとりあえず喋ろうというもの。そのあと教師が色々イギリスのうんちくを言ったり質問を受けたりして終わり。
日本の大学生のスピーキング能力は大したことないという前提が出来ているので文法を多少間違えても全く支障はない。
ガバガバ英語でも信じられないくらい会話がつながる不思議な現象を味わうことができる。
土壇場の実践力という点でこれがALESSを超えて最強のタフグロだと思うのだが、残念ながら来年度からは行わないらしい。せっかくなので意味のない精読じゃなくて多少奇抜なものにチャレンジすべし。


力学(必修)
一学期の理科その1。力学だけに力学以外の何物でもない。
前半はひたすら高校の力学と同じことをやっていくのだが、これは試験にはまず出ないのでこの時点で見切りをつけてサボると大変なことになる。高校物理だけで戦おうとすると全然上手くいかない。上手くいかなかった。

熱力学(必修)
そんなものはない

生命科学(必修)
生物のいろんなことについてダイジェスト的に走査するような内容。比較的文系っぽいので前後の繋がりなくとにかく覚えれば覚えた分だけ点になるので非常にありがたい・・・と言えるほど量は少なくない。

構造科学(必修)
量子力学とも言う。実際に人間の手で簡単に解けるシュレディンガー方程式がせいぜい井戸型ポテンシャルくらいしかないので残りは割と暗記モノ。

電磁気学(必修)
電子工作をやってる人が図書館で間違って手に取って「コレジャナイ」と棚に戻すあれである。教科書を見ると抽象的すぎて意味不明だが、実際はアンペールとガウスの法則だけで最低限のことは片付いてしまう。教科書の証明をひたすら理解しようと試みるよりもとりあえず問題をやってみるほうが何倍も速く身に付く系の典型である。

数学Ⅰ(必修)
俗にいう微積分。証明重視のⅠAと実用重視のⅠB から選ぶことができる。一年を通して続く。
授業中は延々と証明をしていくが、少なくともⅠBならばその証明自体はほとんど不要。最後の結論だけ覚えて実計算ができればよい。こればっかりは授業を聞く意味が全くない。一学期は高校の微積分とせいぜいテイラー展開なのでどうにでもなる。二学期は重積分とか偏微分とか収束半径とかそこらへん。まだなんとかかろうじてイメージできるのでぶっつけでもわりとなんとかなるかもしれない。ならないかもしれない。

数学Ⅱ(必修)
俗にいう線形台数。こちらは全員同じ科目となる。一年を通して続く。
自然界に存在する微積分とは違い、こちらは完全に人工の概念をひたすら学んでゆくだけ。それだけに直感派の人間にはキツい。一学期は高校の行列のちょい拡張くらいまでなのでどうにでもなるが、二学期になるといよいよもって抽象的になってくる。前日で覚えようとしても多分無理でしょう。

数学演習(必修)
通年で週に一コマ、一回づつ数Ⅰと数Ⅱの演習を交互に行う。幸か不幸か、数学の演習なのに「なにをやってもいい」という教師に当たったので、楽っちゃ楽だったけどそのかわり大切なもの(試験の点数)も失った気がする。真の良心とは何かということを考えさせられる深い授業であった。
あ、普通は文字通りの演習をやるっぽい。一応ね。

情報(必修)
ぱそこんで遊ぶ授業。一学期のみ。とりあえず大学に入って始めてPCを買ったような人でなければ基本ちょろい。
試験もPC慣れしている人ならあっさりできるものなのだが、これが蓋を開けてみると意外と点数が入っていないので真面目な人たちはなんでも本当に真面目にやるという恐ろしい事実に気づくことになる。

身体運動(必修)
大学では非常に珍しいとされている体育。通年。運動の得意下手によらずとりあえず出席して数回のレポートを出していればちゃんと成績が入る。

基礎化学実験(必修)
週に一回、昼食後の2コマ連続の時間を使って行われる実験実習。物理か化学かは学籍番号で分けられる。二年の前半にかけて結局どちらもやることになる。
化学実験は作業の内容が教科書に全ステップ詳細に書かれているので何も考えなくてもわりとできる。
基本的によほどヘマをしない限り時間内に終わる。

基礎物理実験(必修)
自分は二年次にこれを行うことになっているので詳しいことはよくわからないものの、化学実験と違ってしょっちゅう終了時間を超過してしまうとのこと。実験対象が最初から完成しているのになぜか化学実験より時間がかかるらしい。というかそろそろ紹介するのも面倒になってきたんだけど。

基礎統計(選択、準必修)
統計の基本事項から入り、最後は正規分布とその二通りくらいの亜種をいじくって遊ぶ。
覚えるものは面倒なのは3パターンくらいなので前日に問題を解きながら覚えておけば対処できる。

核融合科学入門(選択)
日本の原子力界のかなり偉いひとが来て核融合技術の色んな面をダイジェストで教えてくれる。所詮教養学部なので概要だけの紹介で文系でも受けられる。途中から核分裂の話になって結局原子力総論と化すのは内緒。
息抜きに受講できるくらいには割と面白い。

高速ロボ(主題)
計数工学科のプロパガンダの主題科目。ペン回しロボットやじゃんけんロボットなどのどっかで見たことのある有名なあれの愉快な仲間たちを紹介してくれる。あと本郷の研究室見学を開いてくれる。スピードキチガイのロボットを見てるだけでなんとなく楽しいので時間が合えば受講してみることを勧める。

認知脳科学(選択)
錯覚図形を見て遊ぶ授業、というわけでもなく、主に視覚を始めとした主観について、脳損傷のときの見え方や錯覚などからそのしくみを推測するというもの。興味ある人にとってはむちゃくちゃ楽しい。興味ない人はそれほどでもない。
一応これはまだそれほど人間やめてないかな。

適応行動論(選択)
進化心理学ともいう。進化の概念から始まり、性淘汰などを経て人間の行動や性格を遺伝的作用で説明しようというもの。自分みたいな人にとっては楽しい。性同一性障害のひとは発狂するかも。肝心な内容の部分を理解して試験を受けに行ったら「この理論を提唱したのは誰か」という表面的なクソ問題が出てきたのでそこだけ低評価。あ、その点認知脳科学は試験問題も楽しかった。
これもまだ完全には人間をやめてはいない。

人間行動基礎論(選択)
後期教養学部統合自然科学科認知行動科学コースの総集編といったような内容。脳科学や行動科学などそういう分野をひと続きの流れで結んでゆく。最後は人工知能の話から人間の自由意志の有無の話になって人間をやめる。この類の授業の受講者が腐るほど多い割に後期教養学部の定員が少ないのがいみわかんない。

基礎倫理学(選択)
人間やめてない。正義とか幸福とかそういういくらでも解釈できるような考察するだけ無意味な概念を考察する授業。
一学期にさんざん人間やめかけた授業取ったあとに受けると全くやる気がでない。永遠に結論の出ない世界へようこそ。

わかる電子回路(選択)
座学ではない実用派な電子回路の入門講座。よくある座学とは違い、ひとまず素子の動作を簡単に解説したら実際に動かしてみて使い方を考えるという内容。大体エミッタ接地。なんとか聞き手側目線に立とうと努力している様子はものすごく伝わってくるけどぶっちゃけ「CPUの創りかた」に負けてるような気もしなくない。
電子回路を作って発表することで成績がつくという謎システムがあるので大学に入って錆ついた工作意欲に喝を入れることができる。本当に0から見様見真似で作ってくる人もいるのであんまり過激にやりすぎるのもいかがなものかもしれない。まあ発表のときに教師がかなりフォローしてくれるので作品がショボくても割と盛り上がるので大丈夫。個人的には経験者同士のえげつない戦いになってほしい。

準必修について
選択科目なのになんとなく取らなきゃいけないような雰囲気を出してくる科目のこと。準必修とは言っても選択は選択なので取る必然性はない。一学期は基礎現代科学と基礎統計、二学期は情報科学と振動波動論と図形科学が該当する。一学期は流れで多数の人が受講するが、二学期ともなればみんな分かってくるので受講者はかなり減る。興味ないと感じたらさっさと外すべし。



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